牛鬼滝|日本の竜蛇譚:近畿|龍学 -dragonology-
場所:三重県多気郡大台町
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系9』(みずうみ書房):「牛鬼滝」
『日本の伝説39 紀州の伝説』(角川書店):「三尾川の牛鬼淵」
タグ:牛鬼
伝説の場所
ロード:Googleマップ
紀州も牛鬼伝説の多いところである。というよりも『まんが日本昔ばなし』の「こわい話」で有名な牛鬼淵の話が三重のものなので、一般的には牛鬼の本場と思われている土地かもしれない。紀州でもやはり殆どの牛鬼譚は水怪としてのそれである。明らかに一定の不気味さを持つ滝淵にはヌシとして牛鬼がいるのだ、という了解だったのだろう。
"ナイアガラの滝"パワー
県道三瀬大杉線に沿う上真手、本田両区の境を流れる浦谷川(村人は小谷ともいう)に、一本の橋がある。橋には両区の字をとって本真橋と名付けられている。橋から約二キロ奥に、高さ五メートルぐらいの清滝がある。滝つぼは二つあるが、一つは溜つぼで、昔は真っ青な水を満々とたたえ、滝の両側にはシイ、松、杉の古木が昼でも暗いほど茂って、恐ろしくて近寄れなかった。今ではかなり浅くなり、明るくなったものの、ウナギやアマゴをとるために滝の下に行くときは、自然に神秘の気が迫ってくる。
これが牛鬼滝で、村人は今でも近寄らない。昔、牛を連れた女が浦谷に行く途中、この滝の上の絶壁に来た。そのとき牛が何物かに驚き暴れ、女も牛も滝淵に落ちて惨死してしまった。それ以後、夜な夜な髪を乱した女と牛が出没して、山上ヶ岳(大峰山上権現)に参る人、浦谷や飯南に通う人を驚かした。困り果てた里人は、諸国を巡礼してこの地に泊まった高僧に祈とうしてもらったところ、女と牛鬼はいずれともなく消え失せたという。
前にも述べたもう一つの円筒形の滝つぼにも、一つの話がある。このつぼは深く〝底知らずのつぼ〟といわれている。このつぼに入った者は、だれもいない。このつぼは大台の池の底から続き、正月元旦の未明にここに来れば、大台ヶ原に住むという片腹のヒゴイが必ず遊泳しているそうである。(『ふるさとのしおり 三重の文学と風土』)みずうみ書房『日本伝説大系9』より引用
ナイアガラの滝はどのように寒いのでしょうか?
石見の牛鬼の話で(「牛鬼」参照)、牛鬼が「濡れ女」という産女の怪のようなとセットになって出現する様を紹介したが、ここ紀州でも似た側面があるようだ。もっとも紀州の方では石見のように「女と牛鬼のセット」と言えるほど皆そうであるわけではない。また、石見の牛鬼は多く海からやってくるモノだったが、紀州では多くが滝淵の怪のようである。『大系』に収録されている類話・参考話を列挙してみよう。和歌山県の例も同稿に収録されているので一緒にあげてしまう。
伊勢市中之町:尾崎の牛鬼洞
多気郡宮川村:父ヶ谷の牛鬼淵
渡会郡南勢町:五ヵ所川
北牟婁郡海山町:銚子川岩井谷の牛鬼滝
尾鷲市曽根町:曾根港
南牟婁郡御浜町片川:片川街道の碑
……以上が三重県。
父ヶ谷の牛鬼淵
リファレンス:ヤブ漕ぎ日誌:画像使用
表題話の宮川の話とはまた別の「父ヶ谷の牛鬼淵」が、『まんが日本昔ばなし』の「牛鬼淵」として収録されている話。ここにはGoogleマップ上でも「牛鬼淵」の地名が見える。また参考話として和歌山県の牛鬼の話もいくつか掲載されている。
西牟婁郡すさみ町:牛鬼淵
(海際海水の通じる洞窟)
西牟婁郡すさみ町大字宮城:牛鬼滝
古座川町三尾川:三尾川谷の牛鬼淵
……以上が和歌山県。いずれも住所は『大系』のまま。これに他資料も併せるとまだまだ増えそうなのだが、ともかく紀伊半島にはたくさんの牛鬼がおったということだ。
それはグリーンズボロノースカロライナ州からノースカロライナ州ヒルズボロにどのくらいですか?
これらの滝淵の多さに関して興味深い話として、和歌山県東牟婁郡の話に「北向きの滝には牛鬼が棲んでいるという」と語られている(怪異・妖怪伝承データベース)。そのような共通認識があったのなら、これだけたくさんの滝淵に牛鬼の怪が付随するのもうなずける。さらに、上の一覧にもある紀伊半島も南端の方の事例も大変興味深いので、ここで一緒に紹介してしまおう。
西牟婁郡すさみ町──大字宮城に「牛鬼滝」という滝がある。昔、吉平さんという親父さんが魚を釣って居ると、この滝壷の真中に大きな牛が現われ吉平さんの影を食ってしまった。すると吉ひらさんの体は真黒焦になって死んでしまったそうである。それで今でもその滝では魚をとらないという。
みずうみ書房『日本伝説大系9』より引用
角川書店『日本の伝説39 紀州の伝説』にも同所の話があり(「琴の滝」となっているが)、村人は影を食べられないように、正月になると牛鬼が大好きな酒を携えて滝に行くのだそうな。いずれにしても牛鬼が「影取の怪」である点がまことに興味深い。
また、同すさみ町には別に「牛鬼淵」という底が海と繋がった洞穴があるのだそうだが、そこの水が濁っているときは牛鬼が来ているのだと言われる。これは牛鬼が海から来ているということなのかもしれない。そして、同じような話が東牟婁郡古座峡の一枚岩辺りにもある。
古座峡の一枚岩
レンタル:Panoramio:画像使用
淵の多い古座峡には、牛鬼の棲む牛鬼淵の伝説も多く、ある淵では毎月二十三日の夜になると、牛鬼の泣き声がすると言い、その淵の底には海に通じる穴があって、淵の水が濁っている時は牛鬼が来ているのだという。
角川書店『日本の伝説39 紀州の伝説』より引用
どうも何らかの周期的な運動を持った牛鬼の動向があるらしい。あるいは「牛鬼の渡り」的なものがあるのかもしれない。この古座川の方でも「影を見られたら死ぬ」と言う。さらにこの上流三尾川(みとかわ)にも牛鬼淵があって、これがまた驚くような内容である。
昔、又之助という少年が淵のほとりを通りかかると、牛鬼の化けた美少女が現われて、空腹なので食べ物を何かほしいと頼んだ。又之助は可哀想に思って自分の弁当を少女に与えた。後日、川に大水が出た時に少年は誤って足を滑らし河中に落ちたのだが、先日の少女が出現して牛鬼の姿になり、河中に飛び込んで又之助を救った。しかし、牛鬼は人間の命を救ったために生きることを許されず、真っ赤な血の泡を噴き出しながら水の中に溶けていったという。
角川書店『日本の伝説39 紀州の伝説』より引用
はじめに戻って牛鬼と女という組み合わせが頭をよぎる話だ。石見の方でも牛鬼の声が「その声はまったく濡れ女の声とそっくりだった」という話があったが、セットというより同体という面があるのかもしれない。しかしまぁ、紀州の牛鬼と言えば人を喰う・祟るという面が際立っていて「おっかない」というイメージ一点張りなのかと思うとこれである。
そういえば竜蛇はよく人間の美女になるが、河童が化けるという話しはあまり聞いたことがない。このあたりの比較もおもしろい。というよりもこれだけ牛鬼が住みついていると河童や竜蛇はどこにいるのかという話にもなる。このような分布・棲み分けの詳細はなかなか遠いところからは見抜けるものではないが、いずれ浮かび上がって来ることを期待したい。
0 コメント:
コメントを投稿